すぐに納得してしまう名古屋人
19年間岐阜県(の愛知県との県境地域)に生まれ育った私はもちろん中日ドラゴンズファンである。
また日本一を逃したわけだが、そんな私の口から出たのは「やっぱりねー。」という言葉でしかない。なぜだか悔しいとは思わない。74年、82年、88年、99年に優勝した後日本一を逃した時も、オリンピックをソウルにかっさらわれたときも、「やっぱりねー。」とちょっと残念がった後、「しゃーないがねー。まぁえーがねー。」とすぐに納得してしまうのが名古屋人なのである。名古屋商法を挙げるまでもなく、名古屋の人はおまけのないものには興味がない。「○○になれなかった」ことで逃した利益に拘るよりは次の獲物(例えば、開店するレストランの景品や生花)を狙うというまことに前向きかつ賢明な人々なのである。
そもそも名古屋の人は、プロ野球は6チームでやるのだから6年に一度優勝すれば十分と考えている。今回の優勝(30年で5回優勝ということは平均を達成しとるってことだがねー。横浜をみてみー。)だけで十分満足、満腹なのである。選手の名前だってそれほど熱心に覚えるわけではないし(ゲーリー・レーシッチがゲーリーの本名であることをわざわざ覚えている人の方が稀、その代わりに藤王康晴やら高橋尚子やらと同じ高校を卒業した従兄弟がいるなどという益体もないことは案外話したがる)、5点差がつけばそれが3回裏であってもそれ以上野球中継を見ることもない。日本シリーズ第2戦の逆転勝利を見逃した人も当然、非常に多い。事実、私自身見逃した。
しかも今回はこの名古屋人気質を補強する強い要因もある。それは「たとえ日本一になったとしても新潟中越地震による自粛で優勝セールがない、あったとしても著しく規模が縮小するだろう」ということ。日本一になっても「しゃーないがねー」ということなのである。バリバリ負け惜しみのような気もするが、これが名古屋近辺の正しい「負け惜しみ方」なのである。
そんな私は、今回は新潟中越地震に(名古屋人の嫌いな)寄付をしようと思う。
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はじめまして!(実はこっそりロムってました)岐阜県なんですか!!わたしは名古屋です。(今も在住です)新潟生まれ、名古屋育ちの私の旦那も同じようなニュアンスなことを言っていました。幸い新潟にすむ旦那の親戚は無事のようですが、わたしも是非寄付させていただこうと思います(名古屋人ですが)。
コメントありがとうございました。
Webで募金できるところが結構あるみたいですね。
はじめまして。
私も募金した一人ですが、名古屋の方々をひとくくりにしたような評価には賛同しかねます。名古屋出身の友人はたくさんいますが、心やさしいかけがいのない人たちばかりです。
「たとえ日本一になったとしても新潟中越地震による自粛で優勝セールがない、あったとしても著しく規模が縮小するだろう、ということ。日本一になってもしゃーないがねー」というお考えを、名古屋市民すべてに当てはめようとするのは、真の気持ちで災害募金をされた方であれば出ようのないご発言だと思いますし、同じく募金をされた多くの名古屋市民の心にも傷をつけているような気がします。
特色ある文化の存在する魅力ある地域だと思いますので、細かなことで批判されるより、もっと地元のよさを見出すようにしていただきたいと願うのですが・・。
はじめてながら、こんな意見になってしまい申し訳ありませんが、気持ちだけでもご理解いただければと思います。
何というか感想をありがとうございます。私自身、東京在住とは言え、名古屋文化圏に属している人間ですし、また自己否定してみせて笑いをとるというのは、ご存知だとは思いますが日本人の生活に深く根ざした修辞法の一つです。そういうコンテキストを無視して言質のみにこだわるなら、ここに書かれているのは確かに名古屋と名古屋に在住の方々を揶揄する内容です。それについて不愉快に感じたのであれば謝ります。
私としては、Masaさんを含め読者の皆様の寛大なお心をもって笑い飛ばして読んでいただけることを期待するのみです。
ちなみにMasaさんがひょっとしてご関心があるかもしれないと思って書きますが、洋の東西を問わず一般に都市の規模が大きいほど人口あたりの寄付額が大きくなるという傾向があるようです。素朴には「大都市の方が大企業の数がより多いことが、平均額を押し上げる主因である」という仮説が考えられます。割と有力ではないかと思いますが、もしこの仮説が正しければ、仮に名古屋の平均寄付額が東京・大阪に比べて小さかったとしても、それは相対的な都市の規模に因るのであって、名古屋や名古屋人の気質に帰するのはあらかじめナンセンスなことです。こうしたことはできれば「コモンセンス」として読者と共有しておきたいですね。