祖父が亡くなりました
先週末、母方の祖父が満90歳と一か月で亡くなりました。
Grid World 2005の展示と後片付けを済ませた後、帰宅して危篤の報を受け、それからとりあえず新幹線、在来線を乗り継いで、24時前には祖父の入院している名鉄新岐阜駅近くの病院に駆けつけました。祖父は苦しい呼吸をするだけでもう意識もなく、徐々に血圧と心拍数が低下していく過程にあり、それから2時間もしない内に息を引き取りました。通夜・葬式は土日に開催され、それほど湿っぽくもならず、また精進落としの宴席の最中に姪(1歳)が初めて数歩歩くというハプニングも飛び出して、天寿を全うしたであろう祖父に相応しい快活なイベントになりました。
思えば私はおじいちゃん子だったような気もします。初孫だったこともあり、随分可愛がってもらったのもあるでしょう。正月にお年玉を持って祖父宅の近所のおもちゃ屋まで手を引かれて一緒に歩いたり、梅林公園に展示されているD51に乗せてもらったりしたことは、今でも幸せな原風景として深く記憶されています。
私の親族ではエンジニアリング関係の仕事に就いていたのは祖父を除いてはおらず、医師・歯科医師を除けば理系の人もいません。遊びに行くとタミヤモーターを使った自作のおもちゃがあって、うまく動かなくなっても半田ごてやグリースを取り出してきて直してくれたりして、幼い私にとっては「すごい人」でした。私が大きくなってもテレビの映る仕組みや電話のいろいろな交換機の仕組みを教えてくれました。特に後者の知識は私が大学院に進学して並列計算機を使うようになった折、少なからず役に立ちました。几帳面な性格で、帰省する度に見せてくれるアルバムの写真には日付やタイトル、コメントが添えてあり、大学ノートに中日ドラゴンズの勝率と順位の推移や、株価の推移をグラフで整理(全部手書きで!)したりしていました。コンピュータにも興味を持っていたのでいつか教えよう教えようと思っていましたが、近年の私の多忙と晩年の祖父の不調もあり、叶わず仕舞いになってしまったのがわずかに心残りです。
ありがとうね、おじいちゃん。
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